肉体修復師

 肉体修復師が町にやってきたので、私たちはみんな出かける。
 肉体修復師は歪んだ私たちの肉体を本当の姿に修復してくれる。これまで間違った姿に耐えてきた私たちはもう我慢しなくてよい。町じゅうの人々が、待合所に指定された公民館に集まってくる。
 公民館はどこからどこまでも灰色で、集められた灰色の長椅子と同じく灰色の折りたたみ椅子で埋まっている。集まった人々は椅子に座ったり立ったりうろうろしているが、誰も雑誌を読んだり音楽を聴いたりしている人はいない。そんなことよりもいつ自分の順番が来るか、気が気でないのだ。名前を呼ばれる瞬間をけっして聞き逃すまいと全身で耳をすましている。私も長椅子の端に腰かけ、両手を組み合わせてじっと待つ。
 高校生らしい二人の少女が手をつないで入っていく。ややあって、頭部の半分を上下逆に接合された二人が、合計八本の手足を動かしてカサカサと這い出してくる。融合した頭部からはチェックのスカートに白いソックスとローファーを履いた女子高生の首から下がふたつ、向きは反対、上下逆に伸びている。片方は仰向け、片方はうつ伏せに。うつ伏せの少女の関節は歩くのに困らないように逆に曲がるようになっている。たった一つだけになった目と頬らしきところに滑り落ちた鼻と口が微笑んでいる。幸せと充足のオーラが虹色に輝いていて、私はうらやましくてたまらない。少女たちは虹色にきらめきながら、灰色のタイルカーペットの上をカサカサと這い出していく。 
 老婆が一人、「ああ嫌だ、嫌だ嫌だ」と呟きながらよろめくように出てくる。彼女の下半身はゾウのような灰色の皺だらけの丸太のような脚に占められており、貧弱な数本の脚が、肩といわず胸といわず突き出してびくびく痙攣している。老婆は嫌だ嫌だと呻きながら胸から突き出した脚の一本を子供のように抱きかかえている。「こんなのは嫌だ、直しておくれ直しておくれよう」と呟く口も脂のような涙を流す目もくんくんと鳴る鼻も、顔面を覆った分厚い皮膚の集積のどこかに埋もれて見えない。
 ああ彼女はまだ気づいていないのだな、と私は哀れになる。その嫌だ嫌だと呟くその姿こそが、自分が心から望んだ本当の姿だということに。彼女のために私は早く真実がその身に訪れることを祈り、それから気がつく。もしかしたら、「気づかないこと」自体もまた、彼女の本当の姿、本当の望みに含まれているのではあるまいか。ああそうに違いないそれでなにもかも納得がいく。肉体修復師は誤りを犯さない。肉体修復師は常に完璧な仕事をする。直しておくれよう直しておくれようと呟きながらよろめいていく老婆を見送りながら、私はますます自分の番が来るのが待ち遠しくなる。老婆が去ったあとには彼女の涙のあとがナメクジの這った筋のように残る。
 ついに私の番が来て、そして終わる。私は新しくなった目で世界を見る。はじめて本当の姿になった自分で世界を目にする。窓の外は古いラムネ瓶のような曇った青緑色だ。雨が降っている。窓ガラスに痘痕のように雨滴が貼りついている。瓶底色の世界に、本当の姿を取り戻した人々が寄り集っている。無毛のもの毛むくじゃらのもの羽毛に覆われたもの繊毛に柔毛に鱗にその他名前の解らないなにか、ああもう名前などどうでもいいそんなものに意味などない世界は元の姿に戻った。肉体修復師は私たちの肉体と同時に世界も本当の姿に修復していった。当然だ彼は完璧だ常に完璧な仕事をする。建物が溶け樹木が溶け地面が形をなくし赤や黄色の溶けた蝋のように空中にしたたり落ちる。背中でふるえる濡れた肉襞が口づけのような音をたてて開く。私は窓ガラスをすり抜けて濃密な空中に泳ぎ出ていく。なんという自由、幸福、完全なる解放。沼の底のようにどろりとして生温かい大気がかきまぜられ、かつて大地だった青い残滓が名残惜しげに舞い上がる私の脚にまつわりつく。




 ……という夢を見たんだ(今日)
 ついったでも書いたけどこっちでまとめて貼っとく。
 書き出してみるとなんかアレだけど見てる間はほんとにすんごい幸せな気持ちだった。まだちょっと足下がフワフワする感じがするくらい。